新郎側53名、全員が赤の他人だった六月の結婚式 | 石井裕一 - オフィシャルサイト
結婚式代理出席

新郎側53名、全員が赤の他人だった六月の結婚式

2024年06月01日

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※プライバシー保護のため、依頼者の名前は全て仮名です

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六月の披露宴会場は、白いクロスと紫陽花の装花で埋め尽くされていた。新婦側のテーブルには、幼馴染、大学の同級生、職場の先輩後輩、親戚のおじさんおばさん。笑い声が絶えない、賑やかな一角。対して新郎側。上司役、同僚役、大学時代の友人役、従兄弟役、叔父叔母役。53名。全員がファミリーロマンスのスタッフだった。

新郎の高木さん(仮名)から最初に連絡をもらったのは、式の四ヶ月前だった。電話口の声は落ち着いていたけれど、どこか喉の奥が詰まっているような話し方だった。「石井さん、僕の側のゲストを全員お願いしたいんです。全員です」。僕は一瞬、聞き間違えたかと思った。友人数名の代行や、親族の穴埋めなら日常的に受けている。でも「全員」という言葉の重さは、それとはまったく違った。

結婚式代理出席

「誰も呼べない」という告白

高木さんは三十代後半。地方から上京し、長年一人で働いてきた。実家とは絶縁状態。両親の離婚をきっかけに親族との関係は途切れ、父親の行方はわからない。母親は再婚して別の家庭を築いている。連絡を取れなくはないが、取りたくない。そう静かに言った。

職場ではどうですか、と聞いた。高木さんは少し黙ってから答えた。「仕事はちゃんとやってます。でも、飲みに行く仲じゃないんです。結婚式に来てくれって頼める人は、一人もいません」。孤立しているわけではない。ただ、深い関係を築くことを、どこかで自分に禁じてきた人だった。

彼女——新婦の麻美さん(仮名)は、大家族の出身だった。親戚だけで三十人以上。友人も多い。式を挙げたいと言ったのは麻美さんのほうで、高木さんはずっと「式はやらなくていい」と言い続けていたらしい。でも麻美さんは譲らなかった。「あなたのご両親にも、会いたい」と。

高木さんは麻美さんに本当のことを言えなかった。正確に言えば、一部は伝えていた。「親とは疎遠だ」とは言った。でも「呼べる人が一人もいない」とは、どうしても言えなかった。そこで僕たちに連絡が来た。

結婚式代理出席

53人分の人生をつくる

結婚式の代理出席は、ファミリーロマンスが受ける依頼の中でも特に緊張度が高い仕事だ。友人一人の代行なら、打ち合わせは一回で済むこともある。でも53人となると、話はまったく変わる。

まず、高木さんの「人生の設定」を一緒に組み立てた。出身大学、部活、前職、現職の部署構成、趣味のサークル。その設定に合わせて、スタッフ一人ひとりに役割を振っていく。上司役は五十代の落ち着いた男性。同僚役には高木さんと同年代のスタッフを複数。大学時代の友人役には、高木さんが実際に通っていた大学の雰囲気を知っているスタッフを選んだ。親族役には年配のベテランスタッフを配置した。

厄介なのは、新婦側のゲストとの会話だ。披露宴ではテーブルが分かれていても、二次会では自由に話す。「高木さんとはどういうご関係ですか?」と聞かれたとき、53人全員が矛盾なく答えなければならない。僕たちは三回の全体ミーティングと、個別の打ち合わせを重ねた。「大学のゼミで一緒だった」「前職の営業部で隣の席だった」「従兄弟で、子供の頃は毎年お盆に会っていた」。それぞれのスタッフが、それぞれの「高木さんとの歴史」を頭に入れた。

高木さんは打ち合わせのたびに、申し訳なさそうな顔をしていた。「こんな大がかりなことになって、すみません」。僕はそのたびに言った。「謝る必要はないですよ。これが僕たちの仕事です」。でも本当は、僕の中にも複雑な感情があった。

「本物の祝福」は存在したのか

挙式は滞りなく進んだ。チャペルで新郎新婦が誓いの言葉を交わしたとき、新婦側の席からすすり泣きが聞こえた。新郎側からも、何人かが目を押さえていた。演技だったのか。僕にはわからない。いや、正直に言おう。何人かのスタッフは、本当に泣いていたと思う。

この仕事を長くやっていると、不思議なことが起きる。役割として座っているはずなのに、その場の空気に感情が引っ張られる。目の前で愛を誓う二人がいて、花があって、音楽があって、光がある。そのとき湧き上がる感情は、嘘なのか。レンタルされた人間が流す涙に、価値はないのか。

僕はいつも思う。感情が本物なら、それは本物だ。でも同時に、こうも思う。麻美さんは、隣のテーブルにいる「高木さんの同僚」が実は今日初めて高木さんに会った人間だと知らない。知ったら、どう思うだろう。祝福の涙は、偽物に変わるのだろうか。それとも、あの瞬間に確かに存在した感情は、真実のまま残るのだろうか。

答えは出ない。出ないまま、僕たちは次の現場に向かう。

呼べる人がいないのは、誰のせいでもない

高木さんのような依頼は、実は珍しくない。結婚式の代理出席の相談は年々増えている。友人が少ない、親族と疎遠、職場の人間関係が希薄。理由はさまざまだけれど、根っこにあるのは現代社会の構造そのものだと僕は思っている。

地方から都市への移動。核家族化。転職が当たり前になった労働環境。SNSでは数百人とつながっていても、結婚式に呼べるほどの関係は片手で足りる。それは個人の責任じゃない。社会が変わったんだ。

だけど、結婚式という儀式のフォーマットは変わっていない。新郎側と新婦側に分かれて座り、ゲストの数でバランスを取り、スピーチがあり、余興があり、「新郎の友人代表」がいる。このフォーマットが前提にしているのは、人はみな豊かな人間関係の中に生きているという幻想だ。その幻想と現実のギャップを、僕たちが埋めている。

高木さんが悪いわけじゃない。麻美さんが悪いわけでもない。誰のせいでもない場所に、僕たちの仕事がある。

友人代表スピーチの三分間

披露宴で最も緊張したのは、友人代表スピーチだった。担当したのは、ベテランスタッフの坂本(仮名)。四十代前半、穏やかな話し方をする男で、代理出席の経験が豊富だ。

高木さんと坂本は、事前に何度も打ち合わせをした。大学時代のエピソードを一緒に作り込んだ。「ゼミの発表前に二人で徹夜した話」「就職が決まったとき、居酒屋で乾杯した話」。どれも実際には起きていない。でも高木さんは、打ち合わせのたびに少し笑った。「こういう思い出があったらよかったな」と。

本番。坂本がマイクの前に立ったとき、会場が静まった。坂本は落ち着いた声で話し始めた。「高木とは、大学のゼミで出会いました」。用意した原稿通り。でも途中で、坂本は少しだけアドリブを入れた。「高木は不器用な男です。でも、大事なことから逃げない。それだけは、昔から変わりません」。

それは台本にはなかった言葉だ。でも嘘ではなかった。高木さんは確かに不器用で、確かに大事なことから逃げなかった。呼べる人が一人もいないと知りながら、麻美さんのために結婚式を挙げると決めた。その事実を、坂本は短い付き合いの中で見ていた。

高木さんは、下を向いていた。泣いていたのかもしれない。僕はそのとき、会場の隅で見守りながら、胸の奥が熱くなるのを感じていた。

式が終わった後に残るもの

披露宴が終わり、二次会も無事に終了した。スタッフたちは三々五々、会場を後にした。誰一人、正体がばれることはなかった。完璧な「成功」だった。

翌日、高木さんから電話があった。「ありがとうございました。麻美は、すごく楽しかったって言ってました」。声は穏やかだった。でも最後に、こう付け加えた。「石井さん、僕はこの先、ずっとこの嘘を抱えて生きていくんですね」。

僕は少し考えてから言った。「そうかもしれません。でも、麻美さんを幸せにしたいという気持ちは嘘じゃないでしょう。だったら、これから本物の関係を少しずつ作っていけばいい。僕に依存してほしくないんです。僕たちを使って、本当の人間関係を築いてほしい」。

電話を切った後、窓の外を見た。六月の雨が降っていた。

53人のスタッフが演じた友情、上下関係、親戚の絆。あの披露宴の空間に確かに存在した笑顔と涙と拍手。それは消えてしまうものなのか。それとも、高木さんと麻美さんの人生のどこかに、小さな種として残るのか。

僕にはわからない。わからないけれど、本当はこんなサービスはないほうがいいと思っている。でも、必要としている人がいる限り、僕はやめない。次の週末も、どこかの式場で、誰かの「友人」が笑顔で乾杯の音頭を取る。その笑顔が偽物かどうかなんて、たぶん、誰にも決められない。

紫陽花が雨に濡れる季節。僕たちは今日も、誰かの人生の空白を埋めている。

「大切な日に、大切な人がいない。その空白を埋めることが僕の仕事だ」

— 石井裕一