「すみません」を届ける仕事——謝罪同行の現場から | 石井裕一 - オフィシャルサイト
謝罪代行

「すみません」を届ける仕事——謝罪同行の現場から

2025年09月01日

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※プライバシー保護のため、依頼者の名前は全て仮名です

※プライバシー保護のため、依頼者の名前は全て仮名です

九月の、まだ残暑が肌にまとわりつく午後だった。

待ち合わせ場所のファミレスの駐車場で、依頼者の中村さん(仮名・40代男性)は車のエンジンを切ったまま、ハンドルを握りしめていた。僕が助手席に乗り込むと、彼はこちらを見ずに言った。

謝罪代行

「石井さん、僕は……ひとりじゃ謝れないんです」

中村さんは、職場でのトラブルで相手に深い傷を負わせてしまった。感情的な言葉を投げつけ、相手は休職に追い込まれた。自分が悪い。それはわかっている。でも、相手の家の前に立つと足が動かない。何度も手紙を書いたが、投函できなかった。そこでファミリーロマンスに電話をくれた。

僕の仕事は、中村さんの代わりに謝ることではない。中村さんが自分の言葉で謝るのに、隣にいること。「謝罪同行」という仕事だ。

頭を下げる練習をした夜

謝罪の現場に行く前、僕は必ず依頼者と事前に打ち合わせをする。何があったのか。何を謝りたいのか。相手はどんな人か。そして——自分の中の何が、足を止めているのか。

謝罪代行

中村さんとは三回会った。最初の二回は、ほぼ彼の話を聞くだけだった。三回目の夜、僕は彼にこう言った。「一度、僕に向かって頭を下げてみてください」。

彼は椅子から立ち上がり、僕の前に立った。そして何も言えないまま、三十秒ほど固まった。唇が震えていた。ようやく「すみませんでした」と言ったとき、その声は掠れていて、ほとんど聞こえなかった。

僕は「聞こえました」と言った。

謝罪というのは技術ではない。少なくとも僕はそう思っている。完璧な言葉を用意しても、心が伴わなければ相手には届かない。逆に、声が震えていても、掠れていても、そこに本当の感情があれば、人は受け取ってくれることがある。中村さんに必要だったのは、謝罪のスクリプトではなく、あの三十秒の沈黙を一緒に耐えてくれる誰かだったのだと思う。

謝罪同行の依頼は、年々増えている。近隣トラブル、職場の人間関係、親族間の揉めごと、SNSでの炎上後の対面謝罪。理由はさまざまだが、共通しているのは「ひとりでは、あの場所に行けない」という一言だ。

僕は何者として、そこに立つのか

謝罪同行で難しいのは、僕の「役割」だ。

ある依頼では上司役として同行した。依頼者が起こしたトラブルについて、「監督不行き届きで申し訳ございません」と僕が先に頭を下げ、場の空気を整えてから本人が謝る。またある依頼では、友人として隣に座った。何も言わず、ただそこにいるだけ。相手方から「あなたは誰ですか」と聞かれたら、「友人です」と答える。それだけ。

しかし考えてみてほしい。僕は本当の上司でも、本当の友人でもない。その場にいる全員が、僕のことを「本物」だと思っている。これは嘘なのか。

僕はずっとこの問いと向き合ってきた。二十年以上、人間レンタルの仕事をしてきて、未だに明確な答えは持っていない。ただ、ひとつだけ確信していることがある。中村さんが相手に向けた「すみませんでした」は本物だった。その言葉が届くために僕がそこにいたのなら、僕の存在が虚構であっても、生まれた結果は虚構ではない。

感情が本物なら、それは本物だ。僕はそう信じることにしている。

謝られる側の沈黙

謝罪の現場で最も緊張するのは、相手が何も言わない時間だ。

以前、近隣トラブルの謝罪同行をしたことがある。依頼者の田中さん(仮名・50代女性)は、隣家との騒音問題で長年揉めていた。何度かの口論の末、相手方の奥さんに「あなたなんか引っ越せばいい」と言ってしまった。それから二年、隣同士なのに一度も目を合わせていない。

田中さんと一緒に隣家のインターホンを押したとき、出てきた相手の女性は、田中さんの顔を見て一瞬だけ目を見開いた。そしてすぐに無表情に戻った。

田中さんが「あの時は本当に申し訳ありませんでした」と言った。相手は何も言わなかった。十秒。二十秒。三十秒。僕は隣で、その沈黙の重さに押しつぶされそうだった。

やがて相手の女性が、小さくうなずいた。「……わかりました」とだけ言った。許したわけではないと思う。でも、受け取ってはくれた。

帰り道、田中さんは泣いていた。「許してもらえなかったかもしれない。でも、言えてよかった」と。

謝罪とは、許しを得るためだけの行為ではないのだと、僕はあの日学んだ。自分自身を解放するための行為でもある。相手のためであると同時に、自分のためでもある。その両方があって初めて、「すみません」という言葉は完成するのだと思う。

なぜ人は、ひとりで謝れなくなったのか

謝罪同行の依頼が増えている背景には、社会の変化があると僕は感じている。

かつては、間に入ってくれる人がいた。町内会の世話役、会社の先輩、親戚のおじさん。誰かが「まあまあ」と場を取り持ち、頭を下げる段取りを整えてくれた。今はそういう中間的な存在が薄れている。人間関係が効率化され、不要なつながりが削ぎ落とされた結果、トラブルが起きたときに頼れる人がいない。

SNSの普及も関係している。対面で謝る経験そのものが減った。テキストで「すみません」と打つことはできても、相手の目を見て声に出すことには別の覚悟がいる。画面越しのコミュニケーションに慣れた世代にとって、生身の人間に向かって頭を下げるという行為は、想像以上にハードルが高い。

僕のもとには、二十代の若い人からの依頼も増えてきた。バイト先でのトラブル、交際相手の家族への謝罪、ネット上の発言が特定されて直接謝りに行かなければならなくなったケース。彼らは謝りたくないわけではない。謝り方がわからないのだ。

本当はこんなサービスはないほうがいい。人がひとりで、あるいは身近な誰かと一緒に、自分の言葉で謝れる社会のほうがいいに決まっている。でも、今この瞬間、足が止まっている人がいる。その人の隣に立つことが、僕にできることだ。

「すみません」の後に残るもの

謝罪同行を終えた後、僕はいつも少しだけ虚しくなる。

現場では全神経を研ぎ澄ませている。依頼者の表情、相手の声のトーン、部屋の空気の微妙な変化。すべてを感じ取りながら、必要な瞬間に必要な言葉を差し挟む。しかし、それが終わると僕はその場から消える。依頼者と相手方の関係がその後どうなったのか、僕にはわからないことがほとんどだ。

中村さんからは、一ヶ月後に連絡があった。「相手の方が、復職されたそうです。まだぎこちないですが、廊下ですれ違ったとき、会釈してくれました」と。

その報告を聞いたとき、僕は正直に嬉しかった。同時に、こうも思った。あの日、僕がいなくても、中村さんはいつか自分で謝れたのかもしれない。僕はただ、その「いつか」を少しだけ早めただけだ。

僕に依存してほしくない。僕を使って、本当の人間関係を築いてほしい。これは僕がいつも思っていることだ。謝罪同行は特にそうだ。一回きりであってほしい。二度目の依頼がないことが、僕にとっての成功だ。

九月の風に背中を押されて

今年の九月も、いくつかの謝罪同行の予定が入っている。

夏の疲れが関係にも出るのか、この時期は依頼が増える傾向がある。冷房の効いた部屋で溜まった鬱憤が、涼しくなり始めた頃に表面化するのかもしれない。

僕はいつも、現場に向かう道すがら、ひとつだけ自分に言い聞かせることがある。「この人の『すみません』は、この人だけのものだ」と。僕がどれだけ場を整えても、頭を下げるのは本人だ。声を震わせるのも、沈黙に耐えるのも、本人だ。僕はあくまで影だ。

でも、影がないと歩けない日がある。光が強すぎて、自分の足元が見えなくなる日がある。そういう日に、隣にいること。それが僕の仕事だ。

駐車場で震えていた中村さんの手を、僕は今でも覚えている。あの手がハンドルを離し、車を降り、相手の家のドアを叩いた。あの瞬間、中村さんは確かに自分の足で歩いていた。

「すみません」という言葉は、弱さの表明ではない。相手に向かって歩き出す、最初の一歩だ。

僕はこれからも、その一歩の隣にいる。

「頭を下げることは弱さではない。相手の痛みを受け止める強さだ」

— 石井裕一