※プライバシー保護のため、依頼者の名前は全て仮名です
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「一緒にカラオケに行ってくれませんか」
電話の向こうの声は、かすれていた。咳払いをしたわけでもない。ずっとそういう声なのだと、後でわかった。使っていない声は、こうなるのだと。

依頼者は佐々木さん。六十一歳、男性。三月の初め、まだ風が冷たい日だった。僕は受話器を握りながら、少し黙った。カラオケ。友人代行の依頼としては珍しくない。飲み会の人数合わせ、合コンの頭数、そういうものと同じカテゴリに分類される。でも佐々木さんの声には、そのどれとも違う何かがあった。一人でカラオケに行けない理由は、歌が下手だからではなかった。
声を出す場所がない
佐々木さんは定年退職して一年が経っていた。妻には五年前に先立たれている。子供は二人いるが、一人は海外、一人は九州。年に一度、正月に顔を合わせるかどうか。日常的に会話する相手がいない。
「スーパーのレジで『袋、要ります』って言うのが、一日で唯一の発声なんです」
そう言って、佐々木さんは少し笑った。笑ったけれど、笑っていなかった。

僕たちファミリーロマンスには、こうした依頼が増えている。派手な依頼ではない。テレビが取り上げるような、結婚式の代理出席でも、謝罪代行でもない。ただ、「誰かと一緒にいてほしい」という依頼。友人代行の本質は、実はここにある。一緒にご飯を食べてほしい。一緒に散歩してほしい。一緒に花見に行ってほしい。そして——一緒にカラオケに行ってほしい。
声を出す場所がない。それがどれほど人を追い詰めるか、多くの人は気づかない。声というのは、誰かに向けて発するものだ。壁に向かって歌っても、それは声ではなく、音でしかない。
二時間のリハーサル
当日、僕は佐々木さんと駅前の喫茶店で待ち合わせた。友人代行の場合、初対面の不自然さを和らげるために、事前に少し会話の時間を取ることが多い。
「石井さん、歌は上手いんですか」
開口一番、そう聞かれた。僕は正直に答えた。「普通です。音程が外れることもあります」と。佐々木さんは安心したように頷いた。
喫茶店で三十分ほど話した。佐々木さんが好きなのは昭和の歌謡曲。特に、ちあきなおみと沢田研二。現役時代は営業職で、取引先との二次会で必ずカラオケに行っていたらしい。つまり、歌うことは佐々木さんにとって社交そのものだった。退職して、社交がなくなり、歌う場所がなくなった。歌う場所がなくなって、声がなくなった。声がなくなって、自分がいるのかどうかもわからなくなった。
「大げさに聞こえるかもしれませんが」と佐々木さんは言った。「声を出さないと、自分が透明になっていく感じがするんです」
大げさではない、と僕は思った。僕は仕事で毎日誰かと話す。父親を演じ、夫を演じ、友人を演じる。声を出さない日はない。でも佐々木さんの日常には、声を受け止めてくれる相手がいないのだ。
一曲目の沈黙
カラオケボックスに入った。二人用の小さな部屋。佐々木さんはリモコンを手に取って、しばらく曲を探していた。探しているというよりも、迷っているようだった。
「何年ぶりだろう。五年、いや、もっとかな」
最初に入れたのは沢田研二の「時の過ぎゆくままに」だった。イントロが流れた瞬間、佐々木さんの表情が変わった。目が少し潤んでいた。でも歌い出しで、声が出なかった。音程の問題ではない。声が、物理的に出なかったのだ。
数秒の沈黙があった。画面の歌詞が流れていく。僕はタンバリンを叩くでもなく、ただ隣に座っていた。佐々木さんは一度マイクを下ろし、水を飲み、もう一度マイクを持った。サビの手前から、かすれた声で歌い始めた。
あなたは何も考えないで想うがままに。その歌詞が、あの小さな部屋に響いたとき、僕は不思議な気持ちになった。これは演技の現場ではない。僕はただ、聴いている。でも「ただ聴いている人がいる」ということが、佐々木さんにとっては全てだったのだと思う。
孤独はカラオケに行けない
日本には「一人カラオケ」という文化がある。ヒトカラ専門店もある。だから、一人でカラオケに行けばいいじゃないか——そう思う人もいるだろう。
でも佐々木さんにとって、カラオケとは「誰かと行く場所」だった。一人で行くという選択肢は、孤独を確認する行為でしかない。受付で「一名です」と言うことが、自分の孤立を店員に宣言するようで耐えられない。佐々木さんはそう言った。
これは佐々木さんだけの問題ではない。僕たちのもとには、「一人では入りにくい場所に一緒に行ってほしい」という依頼が数多く届く。焼肉屋、ファミレス、映画館、病院。一人で行ける場所のはずなのに、一人では行けない。それは弱さではなく、人間が本来持っている社会性の表れだと僕は思う。人は一人で完結するようにできていない。
高齢者の孤立が社会問題として語られるとき、数字が出てくる。独居老人の数、孤独死の件数。でも数字の手前に、「声を出す場所がない」という日常がある。声を出さなくなった人は、やがて助けを求める声も出せなくなる。佐々木さんが僕たちに電話をかけてきたこと自体が、ぎりぎりの行動だったのかもしれない。
僕はマイクを持たない
二時間のカラオケで、僕は三曲しか歌わなかった。佐々木さんが「石井さんも歌ってよ」と言ってくれたから歌ったが、基本的には佐々木さんの歌を聴いていた。
友人代行において、僕が大事にしていることがある。「主役は常に依頼者」ということだ。盛り上げすぎない。出しゃばらない。でも、いないと成立しない。空気のような存在。でも空気がなければ人は生きられないように、「いるだけで意味がある」という存在になる。
佐々木さんは最初の一曲こそ声が出なかったが、三曲目あたりから声量が戻ってきた。五曲目には、こぶしを回していた。十曲目には、僕の方を見て笑いながら歌っていた。
僕はその笑顔を見ながら考えていた。この二時間で、僕と佐々木さんの間に生まれたものは何だろう。友情か。いや、お金を払って呼んだ相手との間に友情は成立するのか。でも、佐々木さんの笑顔は本物だった。声が戻ったことへの喜びは本物だった。感情が本物なら、それは本物だ。僕はそう信じている。信じるしかない。
三月の帰り道
カラオケを出たのは夕方だった。三月の空はまだ明るくて、でも風は冷たかった。駅までの道を並んで歩いた。
「来月も、お願いしていいですか」
佐々木さんはそう言った。僕は少し間を置いてから、「もちろんです」と答えた。でも同時に、こうも付け加えた。「佐々木さん、地域のカラオケサークルとか、探してみませんか」と。
僕に依存してほしくない。僕を使って、本当の人間関係を築いてほしい。これは僕がいつも思っていることだ。ファミリーロマンスは松葉杖のようなものだと思っている。骨折したとき、松葉杖がなければ歩けない。でも松葉杖をずっと使い続けるのが目的ではない。いつか自分の足で歩くための、一時的な支え。
佐々木さんは「考えてみます」と言った。その声は、朝の電話のときよりも、少しだけ太くなっていた。
駅で別れるとき、佐々木さんが振り返って言った。「今日、久しぶりに声を出しました。ありがとうございます」。僕は手を振った。改札の向こうに佐々木さんの背中が消えていくのを見ながら、思った。
本当はこんなサービスはないほうがいい。一緒にカラオケに行く相手くらい、誰にだっているべきだ。でも、いない人がいる。そしてその人が「一緒に行ってくれませんか」と声を絞り出したとき、僕たちは「はい」と言う。それが仕事だ。
歌は誰かに届けるもの
あの日、佐々木さんが最後に歌ったのはちあきなおみの「喝采」だった。歌い終わったとき、佐々木さんはマイクを両手で握ったまま、しばらく動かなかった。
「これ、妻が好きだった曲なんです」
そう言ったきり、何も言わなかった。僕も何も言わなかった。小さなカラオケボックスの中で、余韻だけが残っていた。
歌は誰かに届けるものだ。壁に向かって歌う歌と、誰かの前で歌う歌は違う。たとえその「誰か」がレンタルされた人間であっても、そこに耳があり、心があるなら、歌は届く。届いた歌は本物だ。
佐々木さんが「喝采」を歌ったとき、僕の耳に届いたのは、亡くなった奥さんへの歌だった。僕はその歌を、奥さんの代わりに受け取ったのかもしれない。代わりにはなれない。でも、受け取ることはできる。
三月の風はまだ冷たい。でも、声を取り戻した人がいる。それだけで、今日という日には意味があった。
「友達がいないことは恥ずかしいことじゃない。でも、必要なときに頼れる人がいないのは辛いことだ」
— 石井裕一