※プライバシー保護のため、依頼者の名前は全て仮名です
※プライバシー保護のため、依頼者の名前は全て仮名です。
「あなた、今年も忘れなかったのね」
義母の顔がほころんだ。僕の手にはピンクのカーネーションの小さな鉢植え。隣では依頼者の佐々木真奈美さん(仮名・40代)が、少しだけ肩の力を抜いたように微笑んでいた。

五月の第二日曜日。母の日。世の中にはたくさんの「ありがとう」が飛び交う。花屋は朝から行列ができ、レストランの予約は一週間前には埋まる。でも、その「ありがとう」を届けるための道具立て——つまり「夫」という存在——が欠けている人がいる。
真奈美さんの本当の夫は、三年前に家を出た。離婚は成立している。しかし義母にはそのことを伝えていない。八十二歳。認知症の初期症状がある。「娘の夫」がいなくなったという事実は、彼女の世界を根底から揺るがしかねない。だから僕は毎年五月、カーネーションを持ってあの家の玄関をくぐる。
母の日だけの「夫」ではなく
真奈美さんからの依頼は、最初は母の日だけだった。義母に花を渡して、一緒に食事をして、「お義母さん、いつもありがとうございます」と言う。それだけ。所要時間は三時間ほど。
けれど翌年、依頼が増えた。敬老の日。お正月。義母の誕生日。年に四回、僕は真奈美さんの「夫」としてあの家に行くようになった。

義母は料理が好きな人で、毎回何かしら手作りのものを出してくれる。筑前煮、ぬか漬け、お赤飯。僕が「おいしいです」と言うと、「あなたはいつもそう言ってくれるわね」と嬉しそうに笑う。その笑顔を見ると、胸の奥がきゅっと締まる。僕が褒めている料理の味は本物だ。義母の気持ちも本物だ。でも「あなた」と呼ばれている僕は、本当の娘婿ではない。
本物と偽物の境界線が、筑前煮の湯気と一緒にゆらゆらと揺れる。僕はもう何年もこの揺らぎの中にいる。
カーネーションの色を選ぶということ
母の日の準備には、思った以上に神経を使う。花の色ひとつ取っても間違えられない。
赤、ピンク、白、黄色。カーネーションにはそれぞれ花言葉がある。白は亡くなった母に贈る色だ。義母に白い花を持っていったら、どういう意味になるか。些細なことに思えるかもしれない。でも、レンタル夫の仕事は、こういう些細なことの積み重ねでできている。
事前の打ち合わせで真奈美さんに聞く。「去年は何色でしたか」「義母さんの好きな色は」「鉢植えと花束、どちらが喜ばれますか」。本当の夫なら長年の感覚でわかることを、僕は一つひとつ言葉にして確認する。
ある年、真奈美さんがぽつりと言った。「元夫は一度も義母に花を贈ったことがないんです。だからお義母さん、あなたが来るようになってから、母の日をすごく楽しみにしてるんですよ」
複雑な気持ちだった。レンタルの夫のほうが、本物の夫よりも義母を喜ばせている。それは誰かの失敗であり、同時に誰かの救いでもある。僕はどちらの感情にも肩入れしすぎないように気をつけている。ただ、目の前の人が笑顔になること。そこだけに集中する。
「感謝」は誰のものか
母の日は「感謝を届ける日」だと言われる。でも、僕がこの仕事を通して感じるのは、感謝というのは一方通行ではないということだ。
義母は僕に感謝する。「いつも真奈美を支えてくれてありがとう」と。真奈美さんは僕に感謝する。「義母を安心させてくれてありがとう」と。では、僕は誰に感謝しているのか。
正直に言う。僕は義母に感謝している。
あの人が出してくれる筑前煮を食べながら、「大事にされる」とはどういうことかを教わっている。僕自身の母は健在だけれど、面と向かって感謝を伝える機会は驚くほど少ない。他人の家族の「母の日」に参加することで、僕は自分の中にある感謝の気持ちの在処を毎年確認している。
偽物の関係から本物の感情が生まれる。それは矛盾だろうか。僕にはそう思えない。感情が本物なら、それは本物だ。
母の日に夫を頼む人たち
真奈美さんのようなケースは珍しくない。母の日や父の日、敬老の日のタイミングで「夫」や「妻」の依頼が増える。理由はさまざまだ。
離婚したが親に言えない。死別したが実感がわかず周囲に伝えていない。単身赴任ということにしているが、実際は別居中。DVで逃げたが、相手方の親とは穏便に関係を保ちたい。
どのケースにも共通するのは、「誰かを傷つけたくない」という動機だ。嘘をつくことへの罪悪感を抱えながら、それでも大切な人の笑顔を守りたい。その切実さを、僕は軽く見たくない。
ファミリーロマンスには年間を通じてさまざまな依頼が来る。謝罪代行、結婚式の代理出席、友人代行、高齢者の見守り。でも季節の行事に絡む依頼には、特別な重みがある。カレンダーが人に「幸せの形」を要求してくるからだ。母の日なら「家族そろって感謝を伝える」という形。その形に当てはまらない人は、自分の欠落を突きつけられる。
僕の仕事は、その欠落を一時的に埋めること。そして願わくば、埋めた先に、依頼者自身が次の一歩を踏み出すための土台を作ること。僕に依存してほしくない。僕を使って、本当の人間関係を築いてほしい。いつもそう思っている。
義母が僕の手を握った日
去年の母の日のことを、今も鮮明に覚えている。
食事が終わり、真奈美さんがキッチンで洗い物をしていたとき、義母と二人きりになった。テレビでは母の日の特集が流れていた。義母が突然、僕の手をそっと握った。
「あなたがいてくれて、よかった」
小さな声だった。しわだらけの手は温かかった。僕は「こちらこそ」と答えた。それ以上の言葉は出なかった。
あの瞬間、僕は演技をしていたのだろうか。正直に言えば、わからない。プライベートでも演技しているのかわからなくなる瞬間が、この仕事にはある。アイデンティティが揺らぐ。「石井裕一」という人間の輪郭がぼやける。でもあの手の温かさは、確かに僕の手に届いていた。
六百人以上の女性の「夫」を務めてきて、二十三の家族で三十五人以上の子供の「父親」をやってきて、それでもなお、一人のおばあさんの手の温もりに動揺する。そのことを、僕は恥ずかしいとは思わない。動揺できるうちは、まだ大丈夫だと思っている。
カーネーションが枯れた後に残るもの
今年もまた五月がやってくる。真奈美さんからは「今年もお願いします」と連絡が来た。義母は八十五歳になる。認知症は少しずつ進んでいるが、僕の顔はまだ覚えてくれている。「あら、いらっしゃい」と玄関で迎えてくれる。
花はいずれ枯れる。僕が届けるカーネーションも、一週間もすればしおれるだろう。でも、「あなたが来てくれた」という記憶は、もう少しだけ長く残る。認知症が進んでも、感情の記憶は最後まで残ると聞いたことがある。嬉しかった、温かかった、安心した——そういう感覚だけが、言葉や名前が消えた後にも残るのだと。
本当はこんなサービスはないほうがいい。家族がそろって、本物の夫がカーネーションを買い、本物の感謝を伝える。それが一番いい。でも、世の中はそんなに単純じゃない。欠けたピースを抱えたまま、それでも誰かを笑顔にしたいと願う人がいる。その願いに応えることが、僕の仕事だ。
今年のカーネーションは何色にしようか。真奈美さんに聞いてみよう。たぶん、またピンクだと思う。義母が一番好きな色だから。
あの温かい手が、今年も僕を待っている。
「感情が本物なら、それは本物だ」
— 石井裕一