盆提灯の明かりの向こうに立つ僕は、誰なのか | 石井裕一 - オフィシャルサイト
現場の記録

盆提灯の明かりの向こうに立つ僕は、誰なのか

2025年08月01日

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※プライバシー保護のため、依頼者の名前は全て仮名です

※プライバシー保護のため、依頼者の名前は全て仮名です

線香の煙が、まっすぐ天井に向かって昇っていた。

仏壇の前に正座して手を合わせている僕の隣で、七十八歳の佐久間節子さんが「あなた、お義父さんにちゃんとご挨拶してね」と小さく言った。僕は「はい」と答え、目を閉じた。遺影の中の男性の顔を、僕は知らない。けれど節子さんにとって、今この瞬間、僕は確かにその男性の「息子」であり、彼女の「息子」だった。

現場の記録

お盆になると、依頼が増える。正月とお盆。家族が集まるべきとされる季節に、家族がいない人がいる。いなくなった人がいる。いるのに来ない人がいる。そして僕たちに電話がかかってくる。「今年も、お願いできますか」と。

八月の依頼件数が語ること

ファミリーロマンスでは、お盆の時期になると通常月の約一・五倍の依頼が入る。その多くは「帰省する息子」「孫を連れてくる娘」「墓参りに付き添う夫」といった、いわゆる家族の役割だ。

興味深いのは、依頼者の多くが高齢の方だということ。そして、その相手——つまり「演じてほしい」と指定される人物——が、実在するケースが少なくない。本当の息子は東京にいる。本当の娘は海外にいる。でも帰ってこない。電話もない。そういう現実のなかで、近所の目がある。「お盆にお子さん、帰ってくるの?」と聞かれる。「ええ、今年も来ますよ」と答えた手前、誰かに来てもらわなければならない。

見栄だと思うだろうか。僕は最初、少しだけそう思った。でも現場に立つと、すぐにわかる。これは見栄じゃない。生存戦略だ。地方のコミュニティで「家族に見放された老人」というレッテルを貼られることが、どれほどその人の日常を侵食するか。想像してみてほしい。毎朝顔を合わせるご近所さんの視線が、憐憫に変わる恐怖を。

現場の記録

墓石に刻まれた名前を覚える夜

お盆の依頼で最も神経を使うのは、墓参りだ。

仮に僕が「息子の浩二」を演じるとする。墓地には親戚が来ている可能性がある。墓石には家の名前が刻まれている。それだけじゃない。隣の墓を参りに来た人が「あら、浩二くん?大きくなって」と声をかけてくることもある。僕たちは事前に、家系図を覚える。故人の命日を覚える。墓地の区画番号を覚える。どの花を供えるかを覚える。水桶の場所を覚える。ひしゃくの持ち方ひとつで「この人、お墓参り慣れてないな」と悟られることがある。

ある夏、僕は七十代の女性・山田恵子さんの依頼で「息子」として墓参りに同行した。恵子さんの本当の息子は、十数年前に家を出たきり音信不通だという。僕は墓前で手を合わせながら、恵子さんが隣でぽつりと言った言葉を今も覚えている。

「お父さん、浩二が来てくれたよ」

墓石に向かって語りかける恵子さんの声は、震えていなかった。むしろ穏やかだった。その穏やかさが、僕の胸を強く打った。恵子さんはこの一瞬のために、一年を耐えていたのかもしれない。墓石の前でだけ、嘘が本当になる。そんな矛盾の中に、確かに救いがあった。

偽物の家族が供える花は、偽物か

こういう仕事をしていると、必ず聞かれることがある。「それって結局、嘘なんでしょう?」と。

嘘か。そうだろう。契約書があり、報酬が発生し、演じている。その構造だけを見れば、紛れもなく嘘だ。でも僕は問い返したい。では、義務感だけで帰省して、仏壇の前でスマホをいじっている「本物の息子」は、本物か? 年に一度の墓参りで、故人の命日すら覚えていない「本物の孫」は、本物の家族として機能しているか?

僕は別に、本物の家族を否定したいわけじゃない。血のつながりには、何にも代えがたい力があることを知っている。二十三の家族で父親をやっている僕が言うのだから、間違いない。血のつながりがあるからこそ、許せることがある。血のつながりがあるからこそ、許せないこともある。

ただ、こうも思う。仏壇に手を合わせるとき、墓前に花を供えるとき、そこにある感情が本物なら、それは本物ではないのか。恵子さんが墓前で感じた安堵は、僕が「偽物」であることによって無効化されるのか。そんなはずはないと、僕は信じている。

「孤独死予備軍」という言葉の残酷さ

社会的な背景に少し触れておきたい。

日本の高齢者の単身世帯は増え続けている。子どもがいても疎遠、配偶者を亡くして一人、兄弟とも連絡が途絶えている。そういう方がお盆を迎えるとき、何が起きるか。テレビをつけると「帰省ラッシュ」のニュースが流れる。スーパーに行けば「お盆のごちそう」コーナーがある。近所の家からは、賑やかな笑い声が漏れてくる。世の中全体が「家族で過ごす幸福」を前提に回っていて、そこからこぼれ落ちた人は、自分が透明になったような気持ちになる。

ファミリーロマンスには「高齢者見守りサービス」もある。定期的に電話をかけたり、訪問したりする。でもお盆の依頼は、見守りとは質が違う。安否確認ではなく、「一緒にいてほしい」という願いだ。「家族がいるという状態」を、たとえ数時間でもいいから味わいたい。それは贅沢だろうか。僕にはそうは思えない。

行政の支援には限界がある。ケアマネージャーは忙しい。民生委員も手が回らない。制度の隙間に落ちた孤独を、僕たちが全部拾えるわけではない。でも、拾える分は拾いたい。そう思って、今年も八月のスケジュールを組んでいる。

仏壇の前で、自分が誰かわからなくなる

正直に書く。

お盆の現場は、僕にとっても精神的にきつい。普段の父親代行や夫代行は、相手が生きている人間に対する演技だ。でもお盆は、死者が関わってくる。故人の話を聞き、故人の好きだった食べ物を一緒に供え、故人の思い出話に相づちを打つ。僕はその故人に会ったことがない。でも依頼者の語る言葉を通じて、その人の輪郭が見えてくる瞬間がある。

去年、ある依頼先で精進料理を一緒にいただいた。八十代の女性が「あなたのお父さんはね、このナスの煮浸しが好きだったのよ」と言いながら僕の皿にナスを載せた。僕は「知ってます、お母さん」と答えた。知らない。知っているはずがない。でもそう言った瞬間、嘘をついている感覚はなかった。その食卓には確かに、もう一人分の気配があった。

こういう経験を重ねると、ときどき自分が誰なのかわからなくなる。浩二であり、健太であり、誠であり、僕自身でもある。仏壇の前で手を合わせているとき、「僕は今、誰として祈っているのか」と思う。答えは出ない。出ないまま、線香の煙を見ている。それでいいのかもしれない。答えが出ないということは、まだ考えているということだから。

盆が終わっても、帰る場所がある人に

お盆が明けると、依頼者から連絡が来る。「おかげさまで、いいお盆でした」「ご近所さんにも、息子が来たって胸を張れました」「来年もお願いしますね」。その言葉を受け取るたびに、僕は安堵すると同時に、小さな痛みを感じる。

来年も、か。

僕は常々言っている。「僕に依存してほしくない。僕を使って、本当の人間関係を築いてほしい」と。でも七十八歳の節子さんに、今から新しい人間関係を築けと言えるだろうか。八十代の恵子さんに、音信不通の息子と和解しろと言えるだろうか。言えない。言える立場にない。だから僕は来年も行く。仏壇の前に正座して、線香を上げて、知らない故人に手を合わせる。

本当はこんなサービスはないほうがいい。お盆に家族が帰ってきて、墓参りをして、一緒にスイカを食べて、「また来るね」と言って帰っていく。それが当たり前であってほしい。でも当たり前じゃない人がいる。その人たちの八月を、少しだけ温かくすることが、僕にできる精一杯だ。

夕方、依頼を終えて駅に向かう道すぎ、迎え火の匂いがした。どこかの家の玄関先で、小さな炎が揺れている。あの火は、帰ってくる誰かのための目印だ。僕はその家の「誰か」ではないけれど、今日一日、どこかの家の「誰か」ではあった。

ポケットの中のスマホが震えた。別の依頼者からだ。「明日のお墓参り、何時に来てくれますか?」。僕は立ち止まり、返信を打った。

「十時に伺います。お花は僕が持っていきますね」

送信ボタンを押して、また歩き出す。盆提灯の明かりが、あちこちで灯り始めていた。

「現場に立ち続けることが、僕にできる唯一のことだ」

— 石井裕一