※プライバシー保護のため、依頼者の名前は全て仮名です
※プライバシー保護のため、依頼者の名前は全て仮名です
九月の初め、まだ残暑が肌に貼りつくような午後だった。
依頼者の田所さん(仮名・60代女性)は、喫茶店のテーブルの向かいで、アイスコーヒーのグラスについた水滴をずっと指でなぞっていた。話し始めるまでに、十五分かかった。

「息子と、話がしたいんです」
たったそれだけの言葉に、何年分もの重さが詰まっていた。
田所さんの息子・健一さん(仮名・30代)とは、もう七年、まともに会話をしていないという。きっかけは遺産相続だった。田所さんの夫が亡くなったあと、土地と家の分配をめぐって長男の健一さんと次男の間で意見が割れた。田所さんは次男の側についた。いや、正確には「次男の味方をしたつもりはなかった」と彼女は言う。でも、健一さんにはそう見えた。それだけのことだった。それだけのことで、七年が過ぎた。
「電話しても出ないんです。手紙も返ってこない。孫の顔も、写真でしか見たことがなくて」

僕はうなずきながら聞いていた。こういう依頼は、実は少なくない。
家族の間に立ってほしい。仲裁してほしい。橋渡しをしてほしい。ファミリーロマンスに寄せられる依頼の中で、こうした「家族間の紛争解決」に関わるものは、年々増えている。遺産相続、介護の分担、離婚後の親権問題、兄弟間の確執——理由は様々だが、共通しているのは「直接話すと壊れる」という恐怖だ。もうこれ以上壊したくない。だから第三者に入ってほしい。その気持ちは、痛いほどわかる。
僕は翌週、健一さんの自宅を訪ねた。
九月の半ば、少しだけ風が涼しくなり始めた頃だ。事前に手紙を送ってあった。田所さんの名前は出していない。「ご家族の件でご相談したいことがあり、お時間をいただけないでしょうか」とだけ書いた。返事はなかった。でも、僕はインターホンを押した。
ドアが開くまでに、少し間があった。健一さんは警戒した目で僕を見た。スーツ姿の見知らぬ男が突然訪ねてくれば、当然だろう。
「どちら様ですか」
「石井と申します。お母様のことで、少しだけお話しさせていただけませんか」
その瞬間、健一さんの表情が固まった。ドアを閉めようとする手が、一瞬だけ止まった。その一瞬に、僕はすべてを賭ける。
「五分だけ。五分だけで構いません」
沈黙。虫の声だけが聞こえた。
「……上がってください」
この仕事を長くやっていると、「沈黙の質」がわかるようになる。拒絶の沈黙と、逡巡の沈黙は違う。健一さんのあの一瞬の沈黙は、後者だった。閉じたいのに、閉じきれない。本当は聞きたいのに、聞いてしまったら自分が保てない。そういう沈黙だ。
リビングに通されると、壁に小さな子どもの写真が飾ってあった。二歳くらいの女の子。田所さんが「写真でしか見たことがない」と言っていた孫だろう。
僕は単刀直入に話した。お母様があなたに会いたがっていること。七年間ずっと後悔していること。でも、直接連絡しても受け取ってもらえないこと。だから僕のような第三者に頼んだこと。
健一さんは黙って聞いていた。そして、こう言った。
「あの人が後悔してるって、本当ですか」
「あの人」。お母さん、でも、母、でもなく。その呼び方に、七年分の距離が凝縮されていた。
「本当です」と僕は答えた。
「でも、僕の言葉を信じる必要はありません。確かめる方法は一つしかない。直接会って、聞いてみることです」
健一さんは何も言わなかった。僕はそれ以上踏み込まず、名刺を置いて帰った。
こういう場面で、僕たちにできることは実はとても限られている。
僕は家族のプロでも、カウンセラーでもない。法的な解決ができるわけでもない。僕にできるのは、「間に立つ」ことだけだ。当事者同士では感情がぶつかりすぎて届かない言葉を、少しだけ角度を変えて届ける。壊れた回路のあいだに、仮の配線をつなぐ。それだけのことだ。
でも、「それだけのこと」が、どうしようもなく難しい場合がある。
以前、別の依頼で、離婚した夫婦の間に立ったことがある。父親側の代理として、月に一度、子どもに会いに行く。子どもは僕を「お父さんの友達のおじさん」だと思っている。父親からの手紙やプレゼントを届け、子どもの様子を父親に報告する。母親は元夫の顔を見たくない。でも子どもから父親の存在を完全に消すことには、どこかで抵抗がある。だから僕が「あいだ」に入る。
あの仕事をしているとき、僕はいつも考えていた。僕は誰の味方なんだろう、と。父親の味方か。母親の味方か。子どもの味方か。答えは出なかった。たぶん、誰の味方でもないし、全員の味方でもある。矛盾しているようだけど、「あいだ」に立つというのは、そういうことなのだと思う。どちらかの側に立った瞬間、もう仲裁者ではなくなる。
健一さんから電話があったのは、僕が訪問してから十日後のことだった。
「会います。でも、二人きりは無理です。あなたも同席してください」
僕は了承した。場所は、田所さんの希望で、ご主人——つまり健一さんの父親の墓前にした。九月の終わり、彼岸のすぐあとだった。
当日、墓地に着くと、田所さんはすでに来ていた。墓石の前にしゃがんで、花を替えていた。健一さんが現れたとき、田所さんは立ち上がった。二人のあいだは五メートルほどあった。
僕はその五メートルの真ん中あたりに立っていた。文字通り「間に立って」いた。
田所さんが口を開いた。
「健一」
それだけだった。名前を呼んだだけ。でもその声は震えていた。
健一さんは何も言わなかった。しばらく黙ったあと、墓に向かって歩き出した。田所さんの横を通り過ぎて、墓石の前に立ち、手を合わせた。
「……親父、久しぶり」
田所さんが泣いた。声を出さずに、肩だけを震わせて。
僕はそっとその場を離れた。もう僕の出番はなかった。
家族の「あいだ」に立つということ。
それは、いつか自分が不要になるための仕事だ。僕が一生あいだに立ち続けなければならないなら、それは失敗を意味する。僕がいなくなったあとも、二人の回路がつながり続けること。それだけが成功の条件だ。
血がつながっていれば本物の家族か。そんな単純な話ではない。七年間の沈黙は、血のつながりなんか簡単に上書きしてしまう。でも、同時に——名前を呼ぶだけで崩れる壁がある。「健一」と呼んだあの声。「親父」と呟いたあの一言。そこに流れた感情は、七年の沈黙より確かに重かった。
僕に何ができたのか。正直、わからない。ドアを開けたのは健一さん自身だし、名前を呼んだのは田所さん自身だ。僕はただ、インターホンを押しただけだ。手紙を届けただけだ。あいだに立っただけだ。
でも、誰かがインターホンを押さなければ、あのドアは開かなかったかもしれない。
秋の風が少し冷たくなった。彼岸花がもう枯れかけていた。
あの日、墓地を出るとき、健一さんが追いかけてきて僕に言った。
「あの、石井さん」
「はい」
「……ありがとうございました」
僕は頭を下げた。それ以上は何も言わなかった。
帰り道、僕はふと思った。田所さんと健一さんは、このあとちゃんと話せるだろうか。七年分の溝は、一日で埋まるようなものじゃない。また連絡が途絶えるかもしれない。もう一度僕に依頼が来るかもしれない。
でも、それでもいい。
何度でもあいだに立つ。何度でもインターホンを押す。それが僕の仕事だ。
本当はこんなサービスはないほうがいい。家族が直接、自分の言葉で、自分の声で話せるなら、僕なんかいないほうがいい。でも、必要としている人がいる限り、僕は秋風の中に立ち続ける。
あの墓地で、二人のあいだに吹いていた風の温度を、僕はまだ覚えている。
「人と人の間に立つとき、大切なのは正しさではなく、双方の痛みを理解することだ」
— 石井裕一