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卒業証書よりも重い、たった一言の「ありがとう」

2025年03月01日

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※プライバシー保護のため、依頼者の名前は全て仮名です

※プライバシー保護のため、依頼者の名前は全て仮名です

体育館の扉を開けた瞬間、式場に響いていたのは『旅立ちの日に』のピアノ前奏だった。パイプ椅子がきれいに並んだ保護者席の後方に、僕は静かに腰を下ろす。胸ポケットには「佐藤」と書かれた名札。今日の僕の名前だ。

三列ほど前に座っている女性――依頼者の美咲さんのお母さん、つまり僕の「元妻」という設定の智子さんが、一度だけ振り返ってこちらに小さく会釈した。僕も頷き返す。それだけ。夫婦関係は破綻しているが、娘の卒業式だけは一緒に見届ける。そういう「元夫婦」を僕たちは演じている。いや、演じているという言い方が正しいのか、最近わからなくなっている。美咲さんが中学に入学したあの春から、もう三年が経っていた。

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三年間の「父親」が終わる日

美咲さんの案件を最初に受けたのは、彼女が中学に上がる直前の春だった。智子さんからの依頼内容はシンプルだった。「入学式に父親として出席してほしい」。ただそれだけ。本当のお父さんは美咲さんが小学校低学年のときに家を出て、それきり連絡がない。

最初は単発の依頼だった。入学式が終われば、それで終わり。そのはずだった。

でも、美咲さんが僕に言ったのだ。入学式の帰り道、コンビニでアイスを買って三人で食べているとき。「お父さん、次の授業参観も来てくれる?」と。智子さんが慌てて「美咲、この人は――」と言いかけたのを、僕は目で止めた。止めてしまった。

そこから三年。授業参観、体育祭、三者面談。その都度、僕は「佐藤」として学校に現れた。三者面談では担任の先生に「お父さん、美咲さんは最近よく頑張っていますよ」と言われた。僕は「ありがとうございます。家でも応援しています」と答えた。家になんか帰ったことはない。でも嘘とも言い切れなかった。僕は本当に、美咲さんを応援していた。

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そして今日が、この三年間の最終日だ。

名前を間違えてはいけない緊張

卒業式の現場で僕がいちばん神経を使うのは、名前だ。これは本当に、笑い話では済まない。

僕は現在、二十以上の家族で「父親」をやっている。それぞれに僕の名前が違う。それぞれに子供の名前がある。運動会で思わず違う子の名前を叫びそうになったことが、過去に一度だけある。あのときの背筋の凍る感覚は今でも忘れられない。

だから卒業式の朝は必ず、その家族の情報を復習する。子供の名前、フルネーム、クラス、担任の先生の名前、仲のいい友達の名前。隣の席に座る保護者に話しかけられたとき、「美咲さんと仲良くしてくれてるみたいで」と自然に返せなければならない。

卒業生が一人ずつ名前を呼ばれていく。「佐藤美咲」。壇上に向かう彼女の横顔を見ながら、僕はこっそりスマートフォンで動画を回していた。智子さんに頼まれていたからだ。「私、泣いちゃって撮れないと思うから」と。

卒業証書を受け取る瞬間、美咲さんが一瞬だけ客席に目を向けた。僕がいるあたりを。僕にはそう見えた。見えただけかもしれない。でもそれで十分だった。

「本物の父親」は誰なのか

式が終わった後、校庭で写真を撮る時間がある。これが実はいちばん難しい。

友達と写真を撮る美咲さんの横で、僕と智子さんは少し離れて立っている。「元夫婦」だから、ぴったり並ぶのは不自然だ。でも離れすぎると、周囲から「あの人誰?」と怪しまれる。絶妙な距離感。これは何年やっても感覚でしか掴めない。

美咲さんの友達のお母さんが近づいてきて、「佐藤さん、今日は来られてよかったですね」と声をかけてくれた。僕は「ええ、なんとか仕事の調整がつきまして」と笑った。三年間、僕は「仕事が忙しくてなかなか来られない父親」として認知されていた。それが丁度いい。毎回来ていたら逆に怪しまれる。来たり来なかったりする。それがリアルな父親像だ。

帰り際、美咲さんが僕のところに来て言った。「お父さん、三年間ありがとう」。その言葉の意味が、どちらの意味なのか僕にはわからなかった。設定上の父親への感謝なのか。それとも、レンタルだと知った上での感謝なのか。

智子さんは「この子には言ってません」と繰り返してきた。でも、十五歳は子供じゃない。気づいていてもおかしくはない。

僕は「こちらこそ。高校でも頑張れよ」とだけ返した。それ以上は言えなかった。本物の父親なら、もっと気の利いたことを言えたのだろうか。いや、本物の父親って何だ。三年間、授業参観に来て、体育祭で応援して、三者面談で先生に頭を下げた。それでも「本物」じゃないのか。血がつながっていれば本物の家族か? そんな単純な話ではないと僕は思う。

卒業式を「買う」社会の背景

こういう話をすると、決まって批判がある。「金で家族を買うのか」「子供を騙しているのか」と。SNSでもメディアでもそう言われてきた。

でも、少しだけ考えてみてほしい。

ひとり親世帯は今、日本に百四十万以上あると言われている。その中で、父親がいないことで周囲から何気なく傷つけられる子供がどれだけいるか。「お父さんの絵を描きましょう」という授業。「お父さんに手紙を書きましょう」という宿題。運動会の二人三脚の「保護者参加枠」。学校行事は、両親がそろっていることを前提にデザインされている場面がまだまだ多い。

智子さんが僕に依頼した理由は、美咲さんが中学入学にあたって「お父さんが来てくれないなら入学式に行きたくない」と泣いたからだった。智子さんは悩んだ末にファミリーロマンスのサイトを見つけ、問い合わせのメールを送った。その文面には「娘を笑顔で入学式に送り出したいだけなんです」と書いてあった。

この気持ちを、僕は否定できない。否定する権利は誰にもないと思っている。

もちろん、本当はこんなサービスはないほうがいい。両親がそろっていて、子供が何の不安もなく学校に通える社会が理想に決まっている。でも、理想と現実の間には深い溝がある。その溝に橋を架けるのが僕の仕事だ。一時的で、脆くて、いつか撤去されるかもしれない橋。それでも、渡れないよりはましだと僕は信じている。

式が終わった後の、静かな帰り道

美咲さんと智子さんを見送った後、僕は一人で駅に向かった。

スーツのポケットから「佐藤」の名札を外す。次の予定を確認する。午後にはもう一件、別の依頼が入っている。別の名前、別の家族、別の人生。

正直に言うと、卒業式の後はいつも少しだけ虚しい。嬉しいのに、虚しい。矛盾しているようだけど、そうなのだ。三年間かけて積み上げてきた関係が、今日で終わる。明日からは僕は美咲さんの人生にいない。連絡先も教えない。それがルールだ。僕に依存してほしくない。僕を使って、本当の人間関係を築いてほしい。それが僕の願いだから。

でもね、人間だから揺れる。「高校の入学式も来てほしい」と言われたらどうしよう、と考えてしまう自分がいる。プライベートの僕と、仕事の僕の境界線が溶けていく感覚。これは何年やっても慣れない。たぶん、慣れてはいけないのだと思う。慣れたら、感情が本物じゃなくなる。感情が本物なら、それは本物だ。僕はそう信じてやってきた。

駅のホームで電車を待ちながら、ふとスマートフォンを開いた。式の最中に撮った動画が残っている。再生はしなかった。これは智子さんに送るものだ。僕のものじゃない。

「ありがとう」の重さ

三月は、僕にとっていちばん忙しい季節であり、いちばん切ない季節だ。

卒業式の依頼は毎年増えている。小学校、中学校、高校。なかには大学の卒業式もある。それぞれの式場で、それぞれの名前で、僕は拍手を送る。我が子の名前が呼ばれたとき、保護者席でそっと涙を拭う。その涙が演技かどうか、もう自分でもわからない。わからなくていいと思っている。

卒業式で子供たちが読む「別れの言葉」の中に、よくこんなフレーズがある。「支えてくれた家族に感謝します」。その言葉が体育館に響くたびに、僕は考える。僕はその「家族」に含まれているのだろうか。含まれていなくてもいい。でも、もし含まれているとしたら。

今朝、美咲さんが言った「ありがとう」の重さを、僕は電車の中でずっと反芻していた。卒業証書は紙だ。額に入れて飾ることもできる。でも、あの「ありがとう」はどこにも保存できない。僕の記憶の中にしか残らない。

帰りの電車の中で、窓の外に桜のつぼみが見えた。もうすぐ咲く。そしたらまた、入学式の季節が来る。新しい名前、新しい家族、新しい「お父さん」が始まるかもしれない。

僕はポケットの中の名札をもう一度触った。「佐藤」の文字はもう見えない。でも手の中には確かに、何かが残っている気がした。

「血がつながっていなくても、愛情は生まれる。それを僕は、この仕事で学んだ」

— 石井裕一