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レンタル父親

運動会で声を枯らす男

2025年10月01日

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※プライバシー保護のため、依頼者の名前は全て仮名です

※プライバシー保護のため、依頼者の名前は全て仮名です

「お父さん、見てた? 見てた?」

息を切らして走ってきた男の子が、僕のジャージのすそを引っ張る。リレーでアンカーを任されて、最後のカーブで一人抜いた。僕はさっきまで声を張り上げていたから、喉がひりひりする。「見てたよ。最後のカーブ、すごかったな」。そう言うと、その子は汗だらけの顔をくしゃっとさせて笑った。

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僕の本当の子どもではない。この子の母親、仮に佐々木さんとしよう。佐々木さんからの依頼で、僕はこの子の「父親」として運動会に来ている。毎年十月になると、こういう依頼が増える。運動会、学芸会、保護者面談。秋は「父親が必要な季節」だ。

十月の予定表が埋まる理由

十月に入ると、僕のスケジュール帳は一気に色づく。赤が運動会、青が学芸会、緑が保護者面談。週末はほとんど埋まる。多い日には午前と午後で別の学校をはしごすることもある。

ファミリーロマンスには五千人以上のスタッフがいるけれど、長期で父親役を務めているケースでは「担当を変えてほしくない」という声が多い。子どもがすでに僕を「お父さん」として認識しているからだ。代わりの人間を連れていけば、子どもは混乱する。だから僕自身が現場に立ち続ける。

佐々木さんの依頼が始まったのは、息子の拓真くんが小学二年生のときだった。離婚後、元夫とは完全に連絡が途絶えた。拓真くんが「運動会にお父さんが来ないのは自分だけだ」と泣いたのがきっかけだったと聞いている。最初の運動会のとき、拓真くんは僕の手を握るのにしばらくかかった。今は走り終わると真っ先に僕のところに来る。

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この仕事を長くやっていると、十月の空気の匂いだけで胸が締めつけられるようになった。校庭の砂埃と、万国旗と、保護者テントから漂う唐揚げの匂い。それは僕にとって、いくつもの家族の記憶が混ざり合う匂いだ。

違う子の名前を呼びそうになる恐怖

運動会の現場で、僕がいちばん神経を使うのは「名前」だ。

二十三の家族で三十五人以上の子どもの父親を務めている。全員の名前、学年、クラス、担任の先生の名前、仲の良い友達の名前。事前に何度も確認する。それでも、声を張り上げた瞬間に別の子の名前が喉元まで出かかることがある。

以前、危なかったことがある。午前中にある小学校で「翔太、がんばれ!」と叫んでいて、午後に別の学校へ移動した。リレーのスタート直前、口が勝手に「翔太」と動きかけた。そこにいたのは拓真くんだ。寸前で飲み込んだ。あのとき心臓が止まるかと思った。

名前を間違えたら、全てが崩れる。子どもは敏感だ。「お父さん、僕の名前間違えた」。その一言で、積み上げてきた関係が壊れる可能性がある。だから僕は運動会の朝、車の中で何度もその日の子どもの名前を声に出して繰り返す。まるで俳優がセリフを確認するように。

でも、俳優とは違う。台本の間違いなら撮り直しがきく。僕の現場にはリテイクがない。

「本物の父親」とは何だろう

拓真くんが四年生のときの運動会で、こんなことがあった。騎馬戦で落とされて泣いていた拓真くんを僕が抱き上げたとき、隣にいたお母さん同士の会話が聞こえた。「拓真くんのお父さん、いつも来てて偉いわね」。佐々木さんは曖昧に微笑んでいた。

僕はそのとき不思議な気持ちになった。偉いのは僕じゃない。毎回この場を整えて、息子に「お父さんが来るよ」と伝えて、お弁当を二段重ねで作ってくる佐々木さんが偉いのだ。僕はただ、そこに立っているだけだ。

血がつながっていれば本物の家族か。そんな単純な話ではないと、僕は思っている。毎週日曜日に公園でキャッチボールをする父親が本物で、年に一度だけ運動会に現れる僕は偽物なのか。じゃあ、血がつながっていても子どもの行事に一度も来ない父親は? 本物って、何で決まるんだろう。

拓真くんが僕に見せるあの笑顔は本物だ。僕がそれに応える感情も、嘘ではない。でも僕はいつか、この子の前からいなくなる。そのことを思うと、声を枯らして応援しながら、同時にどこかが痛む。

「父親がいない運動会」という社会のかたち

ひとり親世帯は増え続けている。それ自体は数字が示している事実だ。でも数字には出てこないものがある。運動会の朝、校門の前で周囲を見渡す子どもの目線。両親揃って来ている家族と自分を比べる、あの数秒間の沈黙。

ファミリーロマンスに寄せられる運動会関連の依頼は、年々増えている。依頼の多くは母親からだ。「自分一人で十分だとわかっている。でも、子どもが『お父さんも来て』と言ったときに応えてあげたい」。佐々木さんもそう言っていた。

社会は「多様な家族のかたち」を認めようとしている。それは正しい方向だと思う。けれど、小学生の子どもにそれを理解しろというのは酷だ。子どもは目の前の景色で世界を判断する。自分の隣にお父さんがいるかいないか。それがその子にとっての全てだ。

僕は社会制度を変える力は持っていない。できるのは、運動会の日に校庭に立って、一人の子どもの名前を叫ぶことだけだ。それが偽りの姿であっても、あの子が安心して走れるなら、僕はそこに立つ。

声を枯らした後の帰り道

運動会が終わると、僕はいつも一人で車に戻る。佐々木さんと拓真くんは正門から帰る。僕は裏門から出て、少し離れた場所に停めた車まで歩く。子どもの友達やその親に「一緒に帰るところ」を見られると、ボロが出るかもしれないからだ。

車のドアを閉めた瞬間、静寂が来る。さっきまでの歓声、アナウンス、子どもたちの笑い声が嘘のように消えて、自分の荒い呼吸だけが聞こえる。喉はがらがらで、水を飲んでもひりひりが取れない。

ハンドルを握ったまま、しばらく動けないことがある。感情の置き場所がわからなくなるのだ。拓真くんの笑顔は本物だった。僕の声援も本気だった。でも僕はこの後、別の家族の予定を確認して、別の子どもの名前を復唱する。僕という人間は、どこにいるんだろう。

プライベートでも演技をしているのか、素の自分なのか、その境界が曖昧になる瞬間がある。妻や友人といるときに、ふと「今の自分はどの役だ?」と考えてしまう。それはこの仕事を続ける上で、僕が払い続けている代償なのかもしれない。

それでも、十月が来れば、また校庭に立つ。のど飴をポケットに忍ばせて。

来年の運動会まで

拓真くんは今年、六年生になった。来年は中学生だ。中学校には運動会がある学校もあるけれど、父親が応援に来る文化は薄れていく。佐々木さんとは「中学に上がったら、少しずつ距離を取りましょう」と話している。

「少しずつ距離を取る」。言葉にすると簡単だが、これがいちばん難しい。僕に依存してほしくない。僕を使って、本当の人間関係を築いてほしい。いつもそう思っている。でも現場にいると、その理想がいかに残酷かを思い知る。拓真くんにとって、僕は「本当の人間関係」そのものになっているかもしれないのだ。

いつか拓真くんが大人になって、自分の子どもの運動会に行く日が来るだろう。そのとき、小学校の運動会で声を枯らしていた「お父さん」のことを思い出すだろうか。思い出すとしたら、それはあたたかい記憶だろうか。それとも、真実を知って、裏切られたと感じるだろうか。

僕にはわからない。わからないまま、今年も声を枯らした。

本当はこんなサービスはないほうがいい。でも、十月の校庭で、僕の名前を——正確には僕ではない誰かの名前を——呼ぶ子どもがいる限り、僕はそこに立ち続ける。

喉のひりひりが引くころ、もう次の運動会の依頼が届いている。

「血がつながっていなくても、愛情は生まれる。それを僕は、この仕事で学んだ」

— 石井裕一