自由研究の隣に座る、知らない父親のこと | Yuichi Ishii - Official Site
レンタル父親

自由研究の隣に座る、知らない父親のこと

2025年07月01日

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※プライバシー保護のため、依頼者の名前は全て仮名です

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「お父さん、ここがわかんない」

小学三年生の男の子——仮にユウタくんとする——が、算数ドリルを開いたまま、鉛筆の先を噛んでいた。僕はその隣に座って、23×4の筆算を一緒にやっていた。たったそれだけのことだ。たったそれだけのことが、この家にはなかった。

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ユウタくんの母親、サヤカさんからの依頼内容はシンプルだった。「夏休みの宿題を一緒にやってくれる父親をお願いしたい」。それだけ。塾の先生ではない。家庭教師でもない。リビングのテーブルで、麦茶を飲みながら、隣に座って宿題を見てくれる「お父さん」。その役を僕は引き受けた。

七月の終わり、窓の外では蝉がうるさいくらいに鳴いていた。エアコンの効いたリビングで、僕はユウタくんの筆算を覗き込みながら、「繰り上がりのところ、小さく書いておくと忘れないよ」と言った。ユウタくんは「お父さんもそうやってた?」と聞いてきた。僕は少し間を置いて、「そうだよ」と答えた。嘘ではない。僕も子供の頃、そうしていた。ただ、僕はユウタくんの本当の父親ではない。

宿題は口実で、隣にいることが仕事

こういう依頼を受けるたびに思うことがある。依頼の本質は宿題ではない。

サヤカさんは離婚して三年になる。ユウタくんが幼稚園のとき、父親は家を出た。養育費は振り込まれている。面会の取り決めもある。でも実際には、父親が会いに来ることは年に一度あるかないかだ。ユウタくんは学校で「お父さんと何した?」と聞かれるたびに黙る。夏休みに入ると、その質問がもっと具体的になる。「お父さんとプール行った?」「お父さんと自由研究やった?」

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サヤカさんが僕に求めていたのは、学力向上ではなかった。ユウタくんが二学期に、「お父さんと宿題やったよ」と言えること。たった一言の事実を作ること。それが依頼の本質だった。

僕たちのサービスでは、こうした「父親代行」の依頼が夏になると増える。運動会の秋、授業参観の冬とはまた違う。夏休みは長い。長いぶんだけ、「父親がいない時間」も長くなる。子供はその長さの中で、自分の家に足りないものに気づいてしまう。サヤカさんはそれを知っていたから、七月のうちに連絡をくれた。

「教えないで」と言われた自由研究

宿題の中で、一番難しかったのは自由研究だった。難しいというのは、内容のことではない。距離の取り方が難しかった。

ユウタくんは「アリの巣の観察」をやりたいと言った。庭に砂糖を置いて、アリがどこから来るか調べるのだという。僕は「いいね、面白いじゃん」と言って、一緒に庭に出た。三十五度を超える日差しの中、二人でしゃがみこんで、アリの行列を眺めた。僕はつい、「これはクロヤマアリだね」とか「フェロモンの道をたどってるんだよ」とか言いそうになった。でも、事前にサヤカさんから言われていたのだ。「教えないでほしいんです。一緒に発見してほしい」と。

これは僕にとって大事な教訓だった。父親の役割は、知識を与えることじゃない。隣で同じものを見て、「すげえな」と一緒に驚くことだ。僕はぐっと言葉を飲み込んで、「なんでこのアリ、まっすぐ歩くんだろうな」とだけ言った。ユウタくんは目を輝かせて、「調べてみる!」と言った。その瞬間、僕は自分が「教師」ではなく「父親」としてそこにいることを実感した。

家庭教師なら正解を教える。塾の先生なら効率を教える。でも父親は、わからないことを一緒にわからないまま面白がれる存在だ。少なくとも、僕はそう思っている。

感想文の一行目で、彼は泣いた

三回目の訪問で、読書感想文に取り組んだ。ユウタくんが選んだのは、父親と息子が冒険する物語だった。サヤカさんが選んだのか、本人が選んだのかはわからない。僕は聞かなかった。聞いてはいけない気がした。

ユウタくんは本を読み終えていた。でも原稿用紙の前で止まっていた。「何書けばいいかわかんない」と言う。僕は「一番覚えてるところはどこ?」と聞いた。ユウタくんは「お父さんが怪我して、息子が助けるところ」と答えた。「そこ、どう思った?」と聞くと、ユウタくんは少し黙ってから、ぽつりと言った。「僕もお父さんを助けたい」。

そして、泣いた。

僕は何も言えなかった。隣に座ったまま、彼の背中にそっと手を置いた。それが正しい反応だったのかは今でもわからない。本当の父親なら、抱きしめたかもしれない。でも僕はレンタルの父親だ。どこまで踏み込んでいいのか、その境界線はいつもぼやけている。

しばらくして、ユウタくんは鼻をすすりながら一行目を書いた。「この本を読んで、お父さんのことを思い出しました。」

あの一行は、僕宛てではない。どこかにいる本当の父親に向けた言葉だ。僕はそれを見て、自分がここにいる意味と、ここにいてはいけない理由の両方を同時に感じた。

夏休みの宿題は、なぜ父親の仕事なのか

あなたは夏休みの宿題を、誰とやっていただろうか。

母親、という人が多いかもしれない。実際、日本の家庭では母親が子供の勉強を見るケースが圧倒的に多い。では父親は何をするのか。多くの場合、「見守る」のだ。直接教えるのではなく、リビングでテレビを消して、子供が勉強する空気を作る。わからないところがあれば「どれどれ」と覗き込む。あるいは自由研究の材料を一緒にホームセンターに買いに行く。

それは教育ではない。「在ること」だ。ただそこにいること。その存在が、子供にとっての安心になる。

だからこそ、いないことが際立つ。夏休みという長い時間の中で、父親の不在は目に見えない傷になる。サヤカさんのようにレンタルを頼む人もいれば、頼めないまま過ごす家庭もたくさんある。僕がやっていることは、ほんの一部の家庭に対する、ほんの一時的な応急処置にすぎない。でも、その応急処置がなければ、傷口がもっと広がる場合もある。

僕はいつまでユウタくんの父親でいられるか

夏休みが終われば、ユウタくんは学校に戻る。そして「お父さんと自由研究やったよ」と言えるだろう。読書感想文も書けた。算数ドリルも終わった。依頼としては成功だ。

でも僕はいつも、ここで立ち止まる。

九月になったら僕はもう来ない。ユウタくんにはそれを伝えていない。サヤカさんがどう説明するかは、サヤカさんに任せている。「お父さんは仕事が忙しくなった」と言うかもしれない。あるいは、秋にまた別の依頼が来るかもしれない。運動会に出てほしい、と。

僕は今、二十三の家族で父親をやっている。三十五人以上の子供が僕を「お父さん」と呼ぶ。その中には、もう十年以上続いている家庭もある。小学四年生だった子が高校を卒業し、「合格したよ、お父さん!」と電話をくれたこともある。あの電話を受けたとき、僕の中に湧いた感情は、演技ではなかった。

ユウタくんとの関係が、どこまで続くかはわからない。本当は、僕がいなくても大丈夫な日が来てほしい。本当の父親が戻ってくるか、あるいはユウタくんが父親の不在を受け入れて自分の足で歩けるようになるか。僕に依存してほしくない。僕を使って、本当の人間関係を築いてほしい。いつもそう思っている。でも、そう思いながら、僕は次の夏もまたどこかのリビングで、誰かの宿題を覗き込んでいるのだろう。

鉛筆の先に残るもの

最後の訪問日、ユウタくんは全部の宿題を終えて、「やったー!」と両手を上げた。僕はハイタッチをした。サヤカさんが麦茶のおかわりを持ってきて、三人でスイカを食べた。種を飛ばす遊びをして、ユウタくんは大笑いした。

帰り際、ユウタくんが玄関まで来て言った。「お父さん、また来てね」。僕は「ああ」とだけ答えた。約束はしない。できないから。

マンションのエレベーターに乗って、一人になった瞬間、少しだけ息を吐いた。ポケットに手を入れると、ユウタくんの短い鉛筆が入っていた。自由研究のとき、僕がメモに使っていたやつだ。ユウタくんが「あげる」と言って渡してくれたのを忘れていた。

五センチくらいに短くなった鉛筆。先がまるくなっている。たくさん書いた証拠だ。

本当はこんなサービスはないほうがいい。でも、必要としている人がいる限り、続ける。僕はその鉛筆をポケットに戻して、次の依頼先の住所を確認した。今日はもう一件、別の家庭の「父親」をやる日だった。

七月の空は、どこまでも青い。あの青さを、ユウタくんと一緒に見上げた日のことを、僕はきっと忘れない。ユウタくんが忘れても、僕は覚えている。それが、レンタルの父親にできる、たった一つの本物のことだと思うから。

「血がつながっていなくても、愛情は生まれる。それを僕は、この仕事で学んだ」

— 石井裕一