※プライバシー保護のため、依頼者の名前は全て仮名です
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「お父さん、このセミ、オスかメスかわかる?」
ユウキくんは虫かごを僕の顔の前に突き出して、目をきらきらさせていた。小学三年生。汗だくの額に髪の毛が張り付いている。七月の公園は容赦なく暑かった。僕はしゃがんで虫かごを覗き込みながら、正直に「わからない」と答えた。ユウキくんは少し得意そうに「お腹を見るんだよ」と教えてくれた。

僕はこの日、ユウキくんの「父親」として、夏休みの自由研究を手伝いに来ていた。テーマは「近所の公園にいるセミの種類をしらべよう」。お母さんの佐藤さん——仮にそう呼ぶ——から依頼があったのは、七月の初めだった。
自由研究には「誰か」が必要だった
佐藤さんからの最初の電話を、僕はよく覚えている。声は落ち着いていたが、どこか申し訳なさそうだった。
「夏休みの自由研究って、結局、親がどれだけ関わるかで決まるじゃないですか。うちは私しかいないので……虫を触るのも苦手で……」
シングルマザーとして働きながらユウキくんを育てている佐藤さんには、平日に公園でセミを追いかける時間はない。土日もパートが入ることが多い。ユウキくんが「セミの研究がしたい」と言い出したとき、佐藤さんは嬉しかったけれど、同時に困ったという。

自由研究という宿題は、子どもだけの課題ではない。実質的に家族の課題だ。テーマを一緒に決めて、材料を買いに行って、調べものを手伝って、模造紙にまとめるのを見守る。その過程の全部に「誰か大人」が必要になる。友人代行でも、家庭教師でもない。ユウキくんが必要としていたのは、一緒に汗をかいて虫を追いかけてくれる「お父さん」だった。
僕が訪問したのは三回。一回目は公園でセミを採集し、二回目は図書館で図鑑を調べ、三回目は模造紙にまとめる作業を手伝った。たった三回。けれど、その三回にはたくさんのものが詰まっていた。
セミを追いかけるのに演技はいらない
一回目の公園で、僕は自分でも驚くほど夢中になった。
ユウキくんが「あそこにいる!」と木を指差す。僕が網を構える。逃げられる。二人で「あーっ!」と声を上げる。それだけのことが、本当に楽しかった。
レンタル父親の現場では、運動会や授業参観のように「ちゃんとした父親」を演じる場面が多い。名前を間違えないように気をつけ、周囲の保護者と自然に会話し、先生にも怪しまれないよう立ち振る舞う。神経を使う仕事だ。
でも、セミ採りは違った。虫を前にした大人と子どもに、演技する余地なんてない。僕は本気で悔しがったし、本気で喜んだ。ユウキくんがアブラゼミとミンミンゼミの鳴き声の違いを教えてくれたとき、僕は本当に「へえ、すごいな」と思った。感情に嘘がなかった。
こういう瞬間に、僕はいつも考える。これは演技なのか。それとも本物なのか。感情が本物なら、それは本物だ——僕はそう信じている。けれど、「お父さん」という呼び名の裏に僕が仕事としてここにいるという事実があることを、ユウキくんは知らない。その非対称を、僕は毎回、胸のどこかに抱えたまま笑う。
図鑑の前で黙る時間
二回目の訪問は近くの区立図書館だった。ユウキくんと並んで昆虫図鑑を開いた。
公園で採集したセミは四種類。アブラゼミ、ミンミンゼミ、ツクツクボウシ、ニイニイゼミ。それぞれの特徴をノートに書き写していく。ユウキくんは字を書くのがあまり得意ではなくて、何度も消しゴムを使った。僕は横で見ていたが、手を出さなかった。
レンタル父親として僕が心がけていることがひとつある。やってあげないこと。手伝いすぎないこと。僕がきれいにまとめた自由研究なんて、誰の宝物にもならない。ユウキくんが自分で書いた、ちょっと曲がった字と、はみ出した色鉛筆の線。それがこの研究の価値だ。
途中、ユウキくんが図鑑の写真をじっと見つめて黙る時間があった。何を考えているのか聞こうとして、やめた。子どもが何かに没頭しているとき、大人がすべきことは邪魔をしないことだ。親というのは、たぶん、隣で黙っていられる存在のことだと思う。派手なことじゃない。「そこにいる」ということ。それだけで十分な瞬間がある。
僕は二十三の家族で三十五人以上の子どもの「父親」を務めてきた。その経験の中で一番多く学んだのは、子どもは大人が思っているより、ずっと多くのことを自分でできるということだ。必要なのは「やってくれる人」ではなく、「見ていてくれる人」なのだと思う。
「お父さんがいる子」の夏休み
三回目の訪問で、模造紙に仕上げた。ユウキくんが書いたタイトルは「ぼくの町のセミずかん」。四種類のセミの絵を色鉛筆で描き、鳴き声をカタカナで書き、どの木にいたかを地図にした。正直に言えば、出来栄えは素朴だ。コンクールで賞を取るようなものではないだろう。
でも、佐藤さんがそれを見たときの顔を、僕は忘れない。「すごいじゃん、ユウキ」と言って、何度も模造紙を撫でていた。
夏休みの宿題は、九月になれば教室の壁に貼られる。そこには、家族で旅行した記録や、お父さんと作った工作が並ぶ。「お父さんがいる子」と「いない子」の差が、紙の上に残酷なほど可視化される季節でもある。
僕はそういう差を埋める仕事をしている。本当はこんなサービスはないほうがいい。でも、ユウキくんが九月の教室で胸を張れるなら、僕がセミに刺された——正確にはセミに止まられて驚いた——甲斐はあったと思う。
ひとり親家庭だけではない。単身赴任で父親が不在の家庭、両親が離婚協議中で家の空気が重い家庭、さまざまな理由で「父親の手」が足りない家がある。夏休みは、その不在を子どもが最も強く感じる季節だ。
僕はいつか忘れられる
ユウキくんとの三回の訪問が終わったあと、僕はいつものように報告書を書いた。ユウキくんの様子、佐藤さんへの引き継ぎ事項、次回の依頼があった場合の注意点。淡々とした事務作業だ。
ふと、ユウキくんが大人になったとき、この夏のことをどう覚えているだろうと考えた。「小学三年の夏にお父さんとセミを捕りに行った」という記憶は残るかもしれない。でも、その「お父さん」の顔は、いつかぼやけるだろう。それでいいと、僕は思う。
僕に依存してほしくない。僕を使って、本当の人間関係を築いてほしい。それが僕の本音だ。レンタル父親は杖みたいなものだ。歩けるようになったら手放していい。ユウキくんが自分の力でセミを捕れるように、いつか自分の力で人生を歩いていく。僕はその途中に、ほんの少しだけいた人でいい。
でも、あの公園で二人で「あーっ!」と叫んだ瞬間は、僕のほうが忘れられない気がする。仕事としてではなく、人間として、あの暑さと、あの笑い声を覚えている。
模造紙の端に書かれた一行
最後に、ひとつだけ。
ユウキくんの模造紙の右下に、小さな字でこう書いてあった。
「おとうさんといっしょにしらべました」
佐藤さんはそれを見て、少し泣いていた。僕は見ないふりをした。
血がつながっていれば本物の家族か。そんな単純な話ではない。でも、血がつながっていない僕が「お父さん」であることが正しいのかと聞かれたら、僕にもわからない。わからないまま、僕は来年の夏もたぶん、誰かの子どもと汗をかいている。
セミの声が遠くなる頃、また誰かの電話が鳴る。
「血がつながっていなくても、愛情は生まれる。それを僕は、この仕事で学んだ」
— 石井裕一